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【虹ヶ咲2期3話感想】夢の世界への、新しい地図――。

どうもこんにちは。むさしです。

今回は虹ヶ咲2期3話「sing! song! smile!」の感想記事となります。第3話は、向き合うのにかなり時間を要しました。過去シリーズでも、ターニングポイントとなっていた2期3話。例によってクソデカ激重感情を抱いてしまっていますが、2話で描かれたQU4RTZ結成前日譚、果たしてランジュにハーモニーは届くのか…。

 

 

 

 

1. あらすじ

かすみ、璃奈、彼方、エマの4人は一緒にステージに立つと意気込んだのは良いものの、ソロで活動してきた4人はバラバラのまま。YG国際学園との合同ライブまで残された時間は少ない。そこで璃奈は一人ずつやりたいことを発表するためのお泊り会を提案する。しかし、好き好きにやりたいことを言い合うだけの夜が続き、4人の意見は一向にまとまらない。
一方、侑は補習の最終課題として作曲をすることになり、苦悩していた。相談したミアからは、求められるものに応えればよいだけと忠告を受けるが……。

www.lovelive-anime.jp

 

 

第2話「重なる色」の感想記事はこちらからどうぞ!

sunagimo5critical.hateblo.jp

 

2. QU4RTZ、始動!

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大丈夫 どんな時でも ひとりじゃない みんながいる

信じてみて 大事なものは すぐそばにあるから

 

璃奈かすみによる Sing & Smile!!の一節から。前回が彼方エマによる Sing & Smile!!の引用だったので、まぁそれはそう。っていう感じですね。彼方エマによるセリフが来た時点で「QU4RTZ回や~~~!!!!」っていう高まりがありましたが、今回はまぁ分かり切っていたことなので、特に現時点でのコメントはないですね。

ただ、かすみの部分について、本当は、

信じてみて ”胸のドキドキを” 大事なものは(oh my friend)すぐそばにあるから(it's you!)

なんですよね。「胸のドキドキを」が省かれたのは何故なのか。it の指すものは、「大事なもの」だと思うのですが、これらも省かれたことについて、3話終盤で行間を読む必要があるかもしれません。まぁ普通にバランスの問題ってだけかもしれませんが。

前回も、冒頭でのこの引用の意図が終盤になって明確に見えてきたことを思うと、今回のこの歌詞がどのように彩られるのか楽しみでたまりませんね。

作中ではまだ「QU4RTZ」というユニット名は登場していませんが、面倒なので使わせてください。

 

 

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さて、3話アバンはQU4RTZの4人が一緒に練習をしている風景から始まりました。

4人が一層やる気になっている様子を見て、感化されている同好会のメンバーがとても良いですね。「仲間でライバル」という一貫したテーマがここでも感じ取ることができました。あとは個人的にせつ菜のセリフ、

「4人が決めたことなら、私たちは応援するのみです!」

がちょっとだけ刺さりましたね。さては優木せつ菜、「○○なら、××のみです!」構文の使い手か?1期12話の歩夢に言い放った名台詞の顔がチラつきました。

「自分の大好きを叫ぶ」ことだけでなく、「他人の大好きを許容する」ことができるようになったせつ菜だからこそ言えるセリフですし、そもそも全同好会解散の原因が自分にあると1期3話で自覚していたせつ菜が、”グループ”として活動する仲間を支えるというスタンスを取っていることが良かったですね。

 

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「すごいなぁみんな。いろんな形にチャレンジして。

わたしも急がないと。いつまでたっても追いつけないなぁ…。」

 

だから不穏な種を蒔くのをやめろって…。

2話まででも数々の不穏な様子を見せていた侑ちゃん。今回のこれ、今までにまして意図的すぎる印象付け方ですし、何?ヘラるの?

競合他作品ですが、頑張りますマシーンとなってしまった”アイドル”を見たことがあるので、この爆弾がいつ爆発するのか、ちょっと怖いですね…。

 

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いやなんで!?ご覧のスポンサーの提供で、じゃないよ!!!!

ここ、急に見たことある衣装でキメてるQU4RTZが出てきて驚きました。

Just Believe!!!、新衣装が披露されたのがいつだったかもう覚えていませんが、戦隊ヒーローみたいでギラついてるのカッコいいですよね。Love U my friendsとか、未来ハーモニーでもなく Just Believe!!! が来た意図は…。

 

3. それぞれのやりたいこと

 

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屋上で方向性について話し合うQU4RTZの4人。案の定、それぞれのやりたいステージのすり合わせに苦労する様子が描かれていました。

かすみはお揃いの可愛い衣装を着たい。エマはそれに乗じて着ぐるみを提案するも、かすみウケは芳しくなく。一方で璃奈はバーチャル空間でライブすることを提案。自由に変身できるというが、ここでJust Believe!!!の衣装来るのね。かわいい服でも着ぐるみでもないけど大丈夫そ?璃奈ちゃんボード、ヤレヤレ。「夢の中なら何でもできるよ~」とは彼方。かすみに怒られてましたが、それは怒られろ彼方。

 

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かすみの提案した「お揃いの可愛い衣装を着たい」を基本軸に、エマ、璃奈は自分の領域の中で「可愛い衣装を着る」ことを考えていたのに、彼方は寝るつもりしかないじゃん。それは怒られろよ。でも中須かすみ少女のおへそ見せてくれてありがとな。あと寝るときくらい璃奈ちゃんボードは外してあげて。

 

 

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”解散”した時と同じように、お互いのやりたいものがぶつかっていることに頭を悩ます4人。口々に不安をこぼしていく中で璃奈が立ち上がる。

「諦めるのは、まだ早い。あと1週間ある。

1日、1人ずつ、時間をかけて、自分のやりたいことを発表し合うのはどうかな。

そうすれば、お互いをもっと知ることもできると思う。」

今回の「マ~~~~~~~~~ジでアニガサキ」ポイントです。

こういう役目を璃奈に回したのが本当に解釈一致過ぎるんですよね。

天王寺璃奈、「人と繋がりたい」という強い動機のもと、スクールアイドルへの第一歩を踏み出した女の子ですが、それだけに同好会の中でも”みんなで”という意思が強い方だと思っているんですよね。璃奈が入部したころには、”ソロアイドル”として活動していくという同好会の基本方針は確立されていましたし、その中で天王寺璃奈が”自分の一人の力”で、他人と繋がろうと試みることは非常に重要な意味を持っていたとは思います。でも、かすみやせつ菜ほど自分のスタンスと周りが合わないと強く感じる方ではないと思いますし、”同好会みんなのおかげ”で繋がることができたと思っているならば、なおさら「同好会のみんなとステージに立ちたい」という潜熱を持っていてもおかしくないと思うんですよね。

ならばなおさら、璃奈にとってこのQU4RTZで活動が始まったことは奇跡のようなことで、絶対に成功させたいライブとして人一倍意気込んでいるはずです。解散を直接経験した3人は遠慮がちになってしまうかもしれないけど、璃奈は解散した同好会を知らない。だからこそ、ここでモチベーターとして璃奈が機能するのがこの上なく心地がいいんですよね。

また、「あと1週間ある」というセリフの説得力が強すぎる。

1期6話、あの濃密なストーリーは、1週間後のライブに向けて多くを経験する璃奈のお話なんですよね。璃奈には、1週間後のライブに向けて、同好会のみんなに支えられながら「ツナガルコネクト」のステージを完成させ、大きく成長することができたという成功体験があります。あの1週間は、今の天王寺璃奈を形作るのに大きく寄与していますし、だからこそ「あと1週間ある」なわけなんですよね。QU4RTZに調和をもたらすのは、天王寺璃奈、君だったのか…?

 

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果林に合宿へ行く報告をするエマ。モーニングコールが必要かと聞くエマと、しっかり練習してきなさいという果林どっちが保護者ですか…?

この二人の関係性、2話でもチラッとだけ書いたんですが、幼馴染の長い付き合いっちゅうわけでもないのに、共依存のような関係になっているんですよね。それだけ馬が合う2人だったということだとは思いますが、深いようで浅い関係性がエマ果林の魅力だったりしますね。

 

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果林の元へやってきたのは、紅茶を買うちゃった宮下愛さん。一人で爆笑するのはまぁいいんですけど、「ヤッホー果林、コーヒー飲んでるんだ(笑)」の方が面白かったですね。なんかバカにしてません?相手はセクシー系スクールアイドル、”オトナの”果林先輩だぞ?何飲むって、そりゃ”コーヒー”だろ…。っていう茶化しを書きながら思ったのですが、1期で果林は「朝香果林はそんな”キャラ”じゃない…!」って感情を漏らしていたのを思い出しました。案外本当に、「オトナの果林先輩なら…」と考えてコーヒー注文していたりするのかもしれませんね。

愛にモーニングコールを頼む果林。エマには強がって見せちゃうところ、多分そのうち「果林ちゃん、本当の気持ちを教えて?」ってエマに突かれますよ。まぁ~これもDiver Divaの種蒔きですね。徐々に物語の繋がりが見えてきて面白くなってきました。

 

4. 広げたい、みんなのカワイイ

 

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最初はかすみの家で合宿。かすみの部屋がカワイイ派手な様相なのに対して、家が少し古めな「よくある家」だということが判明したの、良かったですね。おそらく和装の部屋をリフォームしたであろうこの内装は、「カワイイは努力して磨くもの」というかすみの基本スタイルがしっかりと強調され、深みを与えてくれる説得力の強い設定でした。

服飾同好会とコネクションを持ったの、あまりにもかすみっぽいですね。「カワイイ」に余念の無い性格だからこそ、1期5話で登場した服飾同好会と接触したんでしょうね。

 


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「みんなのカワイイをもっと引き出してあげたい」

というかすみの思い、前回の彼方じゃないですけど、本当にかすみちゃんはいい子だね〜〜〜!!!!

 

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入学式のかすみの写真。

「それは全然可愛くないです〜!!」

というセリフ、すごく味わい深いなと感じました。

つまり、かすみは「自分の作るカワイイ」に自信を持っているわけで、「自分が可愛くしてない時」は、本心から「可愛くない」と思ってるってことですよね。かすみにとって、「カワイイ」は磨くべき「ダイアモンド」なわけで、磨かれていないものは「全然可愛くない」と断ずることができるわけです。まぁ、明らかに可愛くしてないですもんね。

 


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また、このかすみ家での一幕について、かすみとその他3人の「カワイイ」に対する感覚の違いみたいなのも見て取れて面白かったですね。

みんなが衣装を着た時はかすみが3人のことを「カワイイ」と褒めるも、3人は遠慮がちな反応だったという点と、かすみのアルバムを見た時、3人が口を揃えて「カワイイ!」と褒めるも、かすみはまんざらでもない反応だったという点とで、対照的ですよね。

「カワイイ」とは、女の子が普遍的に持っている感情の一つだとは思いますが、強いこだわりを持っているかすみが思う「カワイイ」の特殊性のようなものを印象付けるシーンだったと感じています。

 

5. 音楽科の課題と生徒会の課題

 

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転科、転入した人向けの補講だったみたいですね。ミアが同じ授業受けている理由が分かりました。

補講の最終課題として、曲を作って披露することが言い渡された侑。溜息をつくミアと困惑気味な侑が対照的ですね。流石に初学者とプロの差といったところでしょうか。今後気になるポイントです。

 

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一方で生徒会室。

日程が近くなると懸念されていたスクールアイドルフェスティバルと文化祭を合同開催にすることを提案する栞子。既存の枠組みでは解決できない課題を挙げる栞子に対し、力強く返答するせつ菜もとい中川菜々。微笑み返す栞子までセットで良いシーンでしたね。柔軟な発想で提言できる栞子も、菜々に感謝を伝えられて照れ笑いを見せる栞子も、1年生らしさと、持ち前の責任感が滲み出ていましたね。菜々についても、栞子の提言は願ったり叶ったりなもので、鼻息荒めの優木せつ菜がチラついてしまうのも良かったと思います。

 

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「三船さんもスクールアイドルのファンなんですか?」

「私はただ、私の適性に沿って動いているだけです。」

副会長、「も」って言ってくれて嬉しかったですね〜。1期で獲得した"同好会のファンの1人"という意味合いを感じました。中川菜々会長と一緒に優木せつ菜のライブに行ける日がいつか来るといいですね。

同時に栞子からついに「適性」という言葉が出ましたね。「適性」を重んじる栞子が、今後どのようにまだ見ぬ「自分の本当の適性」に向き合っていくのか、注目ポイントです。

 

場所を変えて栞子とランジュ。

「流石、ランジュですね」というセリフから、幼馴染としての2人の関係性、幼少期が透けて見える感じがしましたね。

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「その……来て、くれるわよね…?」

幼馴染の前で急にしおらしくなるの辞めろ。栞子だけに。そんな顔できたのかワレェ!

「もちろんです。」と微笑む栞子も、ニンマリ笑顔のランジュ(かわいい)も、「ああ、これが2人なりの幼馴染なんだなぁ」と感じてしまう一幕でしたね。

 

 

6. 娘、近江彼方

次は彼方ちゃん家で合宿。

これさぁ、かすみんズハウスの時も思ったんですが、彼方が他所の家あるいは自分の家でお泊まり会ができるようになったのも、1期を受けての変化が感じられますよね。遥ちゃんに対して過保護だった彼方ちゃん、彼方ちゃんに依存することをやめなかった遥ちゃんの関係性を考えると、まず間違いなく彼方は家を空けるという選択を取らなかったはずです。今回は、蓋を開けてみれば彼方ママ(バブ〜〜〜〜〜!!)がいたのでアレですけど、お互いの関係性を一歩前に進ませ、持ちつ持たれつで羽ばたいていく蝶🦋のようになろうとしたからこそ、実現した(合宿という名の)お泊まり会なんだと思います。

 

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それはそうと、何気ないワンシーン。

「ファンのみんなと一緒に楽しめるステージを考えた方がいいよね〜。」

「賛成。」

やっぱり、QU4RTZの基本軸はコレなんですよね。

もちろん、自分のやりたいスクールアイドル像で、自分のやりたい方法で実現できれば、"ソロアイドル"としてそれがベストなわけですが、何よりも重要なのは目的、あるいは「想い」を共有することが歩み寄るためのファーストステップということです。ここがブレないのが感じられる数秒で凄くいい。この「想い」を共有できたからこそ、4人が集結しユニットを結成したわけですからね。

枕のステージ案は無かったことにします。

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「ごめんね。料理手伝えなくて…。」

「何言ってるの。カナちゃんがせっかくお友達連れてきてくれたんだもの。こんな時くらい母親らしいことさせて?」

もぉ〜〜〜〜〜〜〜〜、こういうのに弱すぎるんです。

なんだよこれ、こういう「劇中では直接見ることのできない関係性が透けて見える瞬間」がたまらねぇ〜〜〜んすわ。さっきのランジュと栞子の一幕もそうですけど、こういうシーンが作品に奥行きを与えてくれるんですよね。

家の中じゃ自分が料理をするのが当たり前というばかりに動こうとする彼方、ママのセリフからも家族に気を遣ってお友達を家に連れてくることが滅多に無かったんでしょうね。1期でもあったように遥ちゃんの面倒を見て、バイトして、奨学金のために勉強も手を抜かずに頑張っていた"シャッキリ彼方ちゃん"は、とにかく頑張り屋さんなんですよ。「家族のため」に、頑張ってきた彼方ちゃんは、押し付けがましくいえば、家庭内の「調和」を大切にしているわけです。自分のワガママを通して「不協和音」を招かないように。でも、「自分のため」に、頑張れるものを見つけられた。その「ワガママ」を通しても、家庭内に不和ができないような関係性も築くことができた。家族のために、自分のために頑張っている彼方ちゃんが連れてきた友達とは?紛れもなく「同好会の友達」であり、ここまでの話は全部「スクールアイドル」が変えてくれたものなんですよね。スクールアイドルに出会わなければ、彼方は「自分のため」に熱中できるものを見つけられただろうか。スクールアイドルに出会わなければ、彼方は遥ちゃんとの関係性を前に進ませ、家庭内における自分の「縛り」を解放することができただろうか。スクールアイドルに出会わなければ、彼方は自分の友達を家に連れてくることがあっただろうか。

いつも家を空けている彼方ママ、家の中でどれだけ彼方と顔を合わせる機会があったかどうかまでは分かりませんが、1期で一度も顔を見せてないことからも、おそらく普通の家庭よりはずっと少なかったのではないでしょうか。であればなおさら、顔を合わせるたびに成長し、変化する娘、彼方ちゃんを見たら、そりゃ嬉しいですよね。親ってそんなもんじゃないですか?親じゃないので知らんけど。「こんな時くらい」という言葉からも、彼方が母親代わりとなってずっと頑張ってきてくれたこと、苦労してくれたことを分かっているわけですよ。家族のために頑張り屋さんな彼方ちゃんが「せっかく」連れてきたお友達に、おもてなしをしようとするのは最高じゃないですか。

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彼方ちゃんがママに見せた顔も、これママにしか見せないんだろうなぁ〜〜!同好会のみんなも知らない彼方ちゃんの顔なんだろうな〜〜〜!!

漏れにも見せてよ。

 


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「おいしい〜〜!」っていうこのシーン、こんなシーンですらアニガサキは"ウマい"(愛さんギャグ)(侑ちゃん大爆笑)。

留学生のエマちゃんには「和食」のお魚をかすみんには「卵焼き」を充てがって「おいしい〜〜!」と言わせるのは、まさに"味"ですよね。

この卵焼きがお姉ちゃん直伝というもんですから、1期7話終盤、あの朝ご飯で「卵焼き」を焦がしていた遥ちゃんも、ちゃんと成長していたんですね。描かれなかった時間も脈々と感じ取れる描写が大好きです。しかもこの卵焼き、かすみんが「おいしい〜〜!」と言ったことから「彼方ちゃん家の卵焼きは甘口」という情報まで透けてきませんか???

 

遥ちゃんの制服にアイロンをかける彼方ちゃんも、璃奈の口についたご飯粒を取ってあげる彼方ちゃんも、"僕たちが知っている彼方ちゃん"でしたが、今回は特に「娘の彼方ちゃん」を感じることができて大満足のシーンでしたね。

 

7. 求められるものに応えること

 

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私たちの誇りと 夢を繋ぎ止めるボタン!?!?

侑ちゃん、昨晩絶対スタリラやってただろ……。

 

 


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「待ってよ〜。相談乗ってよ〜〜!」

いいぞ、アニガサキ!いいぞ、もっとやれ!!

高咲侑が人を引き留めてまで相談をするっていうシーンのシークレットレア感がたまりません。だって侑ちゃん、同好会のみんなには、歩夢にさえ心配かけまいとここまで自分で抱えてきてたから……。

"音楽科"という共通点で侑とミアが明確な繋がりを見せているのが良いです。

 

「自分で良いと思えるメロディーが全然思い浮かばないんだよ〜…。」

「別に、自分が良いとかどうでもいいんじゃない。求められるものに忠実に応えるのが音楽さ。相手が先生なら、教わったことを守ればなんとかなるよ。」

猫じゃらし持ってる可愛さとは裏腹に、だいぶシビアなこと言うじゃねぇか…。コレ、転科した高咲侑が決定的に足りてないものと、これまではっきりと見えてこなかったミア・テイラーの"プロとしての矜持"を感じることができますよね。

侑のセリフは無から有を生み出す者特有の悩みとも言える部分ですよね(侑だけに)(愛さんギャグ)(侑ちゃん爆笑)。これについての答えは、ハッキリと3話終盤で見つかっているので、ここでは多くは語りませんが、消費する側の人間だった侑が音楽科として"夢"を追い、大成するために乗り越えなければいけない一つの壁があるように思えます(しかし、"それ"だけでは足りない)。

一方でミアのセリフは、まさにプロとして現役で活躍している音楽家の考え方これもまた否定されるべきものではありません。ミアは音楽界の"先輩"として、侑を突き放しているわけではなく、プロであるミアなりの最大限のアドバイスを送っています。おそらく、業界で生きる人間として既に酸いも甘いも経験しているんでしょう。"認められる音楽"というのは、"求められるものに応えること"だと感じているんだと思います。ある意味現実主義的な側面を持っているミアは、この点において、傍から見ても初心者丸出しの侑が学校の課題という"些細なもの"をクリアする手段として、最も確実かつ効率的な「教わったことを守る」という方法を教え説いているわけですよね。こうして解体していくと、ミアが突然侑ちゃんのことを「ベイビーちゃん」と呼称したのは、別にスクスタ引用の小ネタでも何でもなくスッと入ってくる気持ち良さがあります。同じ材料が与えられてるのに、出てくる料理がこうも違うのはなぜ…。

ただ、ここのシーンで解消されない気になる問いがあと1つ。

では、ミア・テイラー自身が「良い」と思える音楽とは?

1期2話感想記事で、ミアとランジュの共通点として、「自分を認めさせること」というポイントについて言及しました。ミアは「自分を証明するため」に曲を書いていると言っていましたが、今回"認められる音楽"="求められるものに応えること"という等式が表現されました。これがミア・テイラーという"プロの矜持"なのだとしたら、ミア・テイラーという"個人の想い"はどこにあるのでしょうか。自分を証明するために求められる音楽を忠実に表現していくのは、間違いの起こらないことだとは思いますが、アニガサキではとにかく「自分の心を解放すること」が主題に据えられています。

ミア自身が本当に良いと思える音楽と誠心誠意向き合うこと。これがスクールアイドルという軸と絡まりあうことで、"スクールアイドル ミア・テイラー"の誕生に繋がっていくかもしれませんね。

 

8. 璃奈ちゃんボード、ウキウキ

 

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今度は璃奈ちゃん家で合宿もといお泊まり会。

璃奈考案の気持ちを揃えるゲーム、明らかに1人だけ大喜利やっていて失笑って感じでしたけど、璃奈も彼方の時同様に”合宿”というよりも、友達を家に招いて”お泊り会”を楽しんでいるという印象が強かったですね。璃奈も友達を家に招くことはこれまでなかっただろうし、”気持ちを揃える”という名目でゲームを考案したり、「揃うまでやる」と言って見せたりと、「楽しみにしていたんだろうなぁ」という思いが感じ取れて微笑ましく思えました。

でもこれ、璃奈ちゃんが”自分で”問題を持ってきて、”自分も”解答しているのはゲームとして破綻していますよね。気持ちを揃えるゲームとは言うものの、作問者の解答が想定解だろうし、”気持ちを(璃奈に)揃えさせる”ゲームじゃん…。璃奈ちゃん理解度チェックテストなんよ。「私たちやっぱりバラバラですね…。」とはかすみのセリフでしたが、そりゃそうよ。大喜利しているやついるし。

 

最後のかすみが悩みを吐露する場面。


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「私たち4人だからできることって、何なんでしょう……。」

これ、奇しくもというより意図的なんでしょうけど、QU4RTZの4人がユニットとしてライブに臨むにあたり「求められるもの」について思い悩んでいるんですよね。このあとすぐ侑ちゃんのシーンへと移り変わるのですが、寝転がって天井を見上げているかすみの視界が、次のカットで寝転がって天井を見上げる侑ちゃんにすり替わる演出、その侑ちゃんの「求められるもの…。求められているものかぁ…。」というセリフに繋がる一連の繋ぎ方からも、明らかに意図して高咲侑が「求められているもの」に悩む様子と、QU4RTZ「求められているもの」に悩む様子を並列していることが分かります。いや~~、”視界の入れ替え”って、これまたすごい演出ですよね…。すごく面白いなと感じました。

 

9. 高咲侑の”自分らしさ”

 

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こういうのに弱いッッッッ!!!

上の空だった侑ちゃんが部室で「ついつい」漏らしてしまった悩みに、コンマ1秒寸分の狂いもなく9人が同時に反応したの、これもめちゃくちゃいいですよね。1期の各メンバー担当回、侑ちゃんの関与の具合はアニメの中ではまちまちでしたが、このワンカットだけで、これまで全員に対して等しい熱量を持って向き合ってきたことがハッキリと伝わります。これは、幼馴染の歩夢が1期で「心が離れていっている」と感じてしまった(本当はそんなことありませんでしたね。)ことにも裏付けされていますが、9人全員が一斉に振り返ったことが、侑ちゃんが9人のソロ活動を支えることに均等な熱量を注いでいたことの証左になっているように感じられます。

 

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「確かにね。求められるものに応えるのは大切なことだもの。」

お前が言うと説得力が強い。

ミアとの会話のなかで「求められるものに応えること」というヒントを得るも、逆にこの言葉が悩みの種になっている侑ちゃんに対して、同好会メンバーの中で果林だけがこれに賛同するのが納得感ありますね。果林はミアと同じく”プロの世界”で生きている人間なんですよ。モデルの仕事っていうのは、音楽よりもずっと「求められるものに応えること」という色が強いように素人ながら感じます。同好会サイドとして集団の立ち位置を固定してしまうのではなく、個人のバックボーンを押さえつつキャラクターを動かしてくれる丁寧さには脱帽ですね。

 

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「でも聞いてると、なんかそれだけじゃ物足りない気がするなぁ。」

「侑ちゃんのやりたいことをやってみたらいいと思う。」

「大事なのは、侑先輩が満足できるかどうかじゃないでしょうか。」

「必ずしも、正解を出すために頑張らなくてもいいと思います。」

「やってみて、ダメならダメでもいいじゃない。」

「せっかくなら、侑さんらしい曲を聞いてみたい。」

「求められるもの」に応えるだけでなく、「自分らしく」「自分のやりたいこと」に忠実に表現すること。これは同好会メンバーそれぞれが、1期を通してこの瞬間までに侑ちゃんをはじめとする部員のみんなから受け取ってきた、いわば虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の哲学なんですよね。これを広めてきたのは、現同好会の再建において重要なファクターであった高咲侑であったことは言うまでもありません。

侑ちゃんから伝えられてきたものを、過去の自分たちを縛っていたものと同じものに悩む侑ちゃんに返すこのシーン。そりゃ胸が熱くもなりますよ。同好会に当然のように浸透した考え方になったことも伝わりますし、もとよりこれに心血を注いできたのは高咲侑である以上、高咲侑にこれができないわけないんですよ。新しい世界に飛び込んで、0の状態から多くを学んできた侑は、地に足がついてないなかっただけで、結局全てのルーツが同好会にあるわけですよね。

ここにいる人間、根底にある考え方がみんなで共有出来ていて、虹ヶ咲、集団として強くなっているな…と感じました。

 

「私には、みんなみたいな個性はないし…。」

総ツッコミを受けますが、それはそう。だって、今のこの時間も空間も、全部お前のおかげだぞ……。ただ、ここで重要なのは次項にも続きますが「他人から見た自分」の創発なんですよね。自分では自覚していないけど、他人の目からはこういう個性があるよね、というのを外側から知ることで、新しい自分にアップデートできるという文脈が、後々効いてきます。

同好会のみんなが、誰よりも高咲侑のことをよく理解しているというのは、1期13話で「夢がここからはじまるよ」のプロットを紐解けばはっきりと分かることなんですよね。高咲侑の「高咲侑らしいところ」。あるいは高咲侑が「高咲侑たらしめているもの」が見えてきたシーンでした。

 

10. それぞれの色が、混ざり合う

最後はエマの家というか学生寮でお泊り会。

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「侑ちゃんだけじゃないのかもね。

実はみんな、人のことは見えていて、

自分のことは見えてなかったりするのかなって。」

侑ちゃんが”自分を自覚していなかった”ことを振り返る中、彼方が得た気付きを共有するシーン。

これを皮切りに、お互いを褒め殺す時間が始まりますが、ここで言われる”他人から見た”自分像というのは、あたりまえ体操過ぎる内容だったので割愛します。だって、ねぇ。”他人から見た”っていうけど、僕らファン、視聴者から見たキャラ達っていう認識通りじゃないですか。僕らがテレビアニメを見て感じたものこそが、”他人から見た4人”なわけですからね。

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「でも、何か見えた気がするよ。」

「ソロの時は、自分のやりたい自分だけど。」

「一緒になると、新しい自分を見つけることができる。」

「私たちで、新しい色を作ってみようよ!」

紅茶にミルクを入れて色が混ざり合う描写。これだけでも、ここの4人のセリフを分かりやすく表現していますが、QU4RTZってユニットカラーがミルクティー色なんですよね。元々テーマとしてあった(?)モノが、テレビアニメに際して意味合いが昇華するのはたまらないです。

あとは、”他人から見る自分”というものについて、ここまでの文脈でもう少し踏み込んで考えると、”他人から見る自分”というのは、「他人から求められている自分」に近いという見方もできるのかなと。僕も学校で役職につくと、「そういう目で見られる」という経験をしたことがあるので、中身はこんな記事を書いているキモオタクなのに、「他人から見た自分」が、「実際の自分」とは違うというのは納得感があります。

ただQU4RTZは、「他人から見た自分」を知り、それに迎合するのではなく、それも一つ新しい自分として取り入れて、”私たち”で「新しい色」を作り出そうとしたという点で、「求められているものに応えること」よりも、それを超越した一つの答えを導き出したように感じています。だからこそ、彼方の「何か見えた気がする」というセリフに繋がっていくわけですね。

 

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璃奈が紅茶に映る自分を見るシーンは、1期で窓ガラスに映る「表情のない自分」を見て塞ぎ込むきっかけとなるシーンを想起させますが、今回は文脈が少し変わって「他人から見た自分」が、我々にとって最も身近な「鏡」で確認することができるという意味合いが感じ取れますね。

 

加えて、ここまでで強調しておかなければならないのは、これらの気付きによってユニットでの活動が、究極的には「個」に還元されているという点です。いや~~~~~これはもう本当にただただアニメスタッフがすごい。これを入れるだけで、”個”の集まりである虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会において、ユニット活動を行う意義が明確に与えられるわけですからね。「この4人だからこそ”できること”」を目指していたかすみたちは、その方向性で進んでいくことに難航していましたが、「この4人だからこそ、”見つけられる新しい私”」という方向性に軌道修正したことによって4人が納得のいく答えを得られたの、あまりにも虹ヶ咲らしくないですか?

それもこれも、高咲侑の悩みを解決する形で発展した気づきでしたが、結果的に高咲侑をきっかけにQU4RTZがまとまったという構図になった点も、高咲侑と同好会の関係性を明瞭にしつつ、実に”らしい”展開だなと感じました。

11. ENJOY IT!

迎えた合同ライブ。”QU4RTZ”が披露したのは「ENJOY IT!」

ハーモニーを武器にしながらも、クラップに代表されるよう「ファンみんなと楽しめる」曲構成、ステージ構成になっているのが一番印象的な部分ですね。

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今回もまだCDがリリースされていないので、歌詞を掘り下げるということは現状できませんが、いつも通り気になったフレーズだけ。

 

こんなに広い世界で 僕らが出会えた奇跡

3. それぞれのやりたいこと で書いたことが歌詞に現れていましたね。璃奈は本当に同好会との出会い、今この瞬間、ステージに立っていることを”奇跡”だと思っていることが伝わります。

Be yourself それぞれの形が気付かせてくれた

”Be yourself”と聞くと思い出すことは、中須かすみの4th曲 TO BE YOURSELF ですが、これが不定詞を使っているので「自分らしくあるために」という訳が与えられる一方、命令形になっている ENJOY IT!では「自分らしくあれ!」といったような訳になるのでしょうか。命令形という強い表現ではありますが、これまでの文脈を踏まえればなんらおかしなところはありませんね。続く「それぞれの形が気付かせてくれた」というフレーズも同様。1人1人が自分らしくあること、これによって彼方はエマの寮で今回の気付きを得ていましたね。3話を通して得られるもの。自分が自分らしくあること、他人から見られる自分、そこから還元されるもの、これらを端的に表現したワンフレーズだと思います。

あとは、似たフレーズとして、璃奈が1期6話で披露した ツナガルコネクト から、

ガウスガタ チガウカタチ なのにどうして オナジキモチ!!

あの時と文脈は少々異なりますが、根底にある理念が一貫しているということが読み取れる気がします。また、ソロで”個”として表現していることが、ユニットという”個の集まり”での表現に変わっている点も、面白いですね。

 

 

一人じゃ見えなかったパノラマ

まるでプリズム

 

パノラマは(はん)視界を意味するギリシア語panhoramaに由来し、全方位の視界をカバーすること。パノラマ写真とは、視界の全周写真、ないしそれに近いきわめて広い画角をもった写真をさす。

パノラマ写真とは - コトバンク

"コレ"じゃん…。パノラマってつまり、普通の画角では収まりきらない部分まで映し出せるということですよね。引用元によれば、”全方位”をカバーするとも…。”コレ”じゃん!!

「一人じゃ見えなかったパノラマ」ということは、自分の視界にない部分の物が、”一人じゃなかったから”見えたってことですよね。つまりここまでを踏まえると、自分から目の届かない範囲にいる”新しい自分”を発見できた事であり、それを取り込みアップデートした”新しい自分”ということですよね。

3話冒頭の Sing & Smile!! の引用、

大丈夫 どんな時でも ひとりじゃない みんながいる

がちょっと色づいて見えるようになってきました。

また、「プリズム」にはいろんな種類がありますが、想像しやすいのは光の分散に使用されるもので、これは白色光をプリズムに通すと、光の屈折現象によってさまざま色の光に分散させることを指します。「プリズムのよう」とは、単色のように見えるものでも、実は様々な色を含んでいるという、”新しい自分”として挙げられたように虹ヶ咲における”個”の象徴のようでもあるし、逆に辿ってたくさんの色があっても、混ざり合って一つの新しい色になれるという、虹ヶ咲における”グループ”の比喩であるようにも感じられます。

 

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最後に、MVの中で登場した音叉について。音叉とは、固有の周波数を出す調律器具で、単一の音にチューニングするために使われます。これも同様に同好会やQU4RTZの在り方を強調する意図で使われており、同じ想いを共有すること、”ともに在ること”を暗示しているように感じられました。ただ、これだけで終わらないのが虹ヶ咲。この音叉、当然本来は金属でできているので実際にはあり得ないことなのですが、中から光が溢れ出て音叉が弾ける描写が続きました。単一の色に縛り上げるのではなく、そこから生まれるたくさんの色、トキメキを”届ける”、”響かせる”、広がっていくという同好会のスタンスが現れているようです。少々曲解が過ぎますが、この「弾ける」という描写が個人的にすごく好きですね。

 

とにかく、QU4RTZらしい曲調で、今回のライブで特に大切にしていた「ファンとの距離」というのが強調され、ステージに関わる全ての人間とツナガルことのできる練り上げられたステージでした。

 


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想いを共有していながら、難航したユニットでのステージ、思えば4人全員の家で、スクールアイドルフェスティバルの時の写真が意図的に映し出されていました。スクールアイドルフェスティバルのときの感情というのは、あの場にいたスクールアイドルも、ファンも全員が共有していて、同じ想いだったと思います。これを胸にユニットを結成したQU4RTZ。

ランジュはこの「想い」を感じ取ったからこそ、「やりたくても真似できない」ステージだと感じたんじゃないでしょうか。スクールアイドルフェスティバルに惹かれた自分自身が、あのステージで感じ取ったものが、QU4RTZのステージにもあった。でもそれは、少し形を変えていて、”個”が混ざり合うという特別なステージだったからこそ、「真似できない」わけですね。

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舞台袖で他校のスクールアイドルと盛り上がる愛さんが”らしい”のは当然のこととして、個人的には涙するせつ菜の姿にグッときましたね。

しずくの「こういうステージもあるんですね」という言葉通り、同好会はユニットでの活動というものに、認めなくてもどこかで抵抗感のようなものがあったと思います。それが特に顕著なのは優木せつ菜なのは違いないですね。

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せつ菜が旧同好会において「一つの色」になろうと無理強いをした結果、同好会は解散の道へ進むことになったという過去がありました。第2話の記事にも書いたことですが、QU4RTZは解散を経験したメンバーが4人中3人もいるというユニットです。前回の記事では、こういった背景があってもなお、みんなで「ハーモニー」を届けたいと願ったエマについて言及しましたが、これがせつ菜視点で見るとどのように見えるのでしょうか。自分が無理に一色に染めようとした旧同好会を経験したメンバーたちが、それでもなお、「混ざり合うこと」を選択したんですよね。3話冒頭、最初にQU4RTZのことを応援すると真っ先に口にしたのはせつ菜でした。ずっと自分の心の中で引っ掛かっていた気持ち、自分の選択が引き起こした過ちと同じ轍を踏むことに不安を引き起こしながらもQU4RTZの背中を押したせつ菜は、大成功に終わったこのステージを見て心が解放されたんじゃないでしょうか。心を洗い流す涙をようやく流せたことで、旧同好会での過ちを清算できた、そんな気がする清々しい涙、QU4RTZへの感謝の涙、そんなような意味合いを感じました。

 

youtu.be

12. NEO SKY, NEO MAP!

 

や り や が っ た … 。

ボロ泣きが、止まらんです。今回はQU4RTZ回じゃなかったのか???????

いやぁ、まさか、誰がここで NEO SKY, NEO MAP! が来るなんて予想できるんですか!?!?これは本当に、やってくれたな虹ヶ咲。切り札切ってきやがった。

まずこれ、そもそもの話 NEO SKY, NEO MAP! じゃなくてもヤヴァイんですよ。

 

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「私は、同好会のみんなに夢をもらった。

音楽をやりたいと思ったのは、みんなみたいに自分を表現できる人になりたかったから。

この世界に、私は 私しかいない。

うまく出来なくてもいい。私にしかできないことを…!」

QU4RTZのライブを受けての高咲侑が音楽科として向き合ったものの答え。先ほどQU4RTZで、「他人から見る自分」ということについて、「求められるものに応えること」を超越した答えを得たと記述しました。今回、侑ちゃんは音楽科の課題を通して、「他人の求めるものに応えるために、”自分”を変える必要はない」というより具体的な回答を持ってきたんですよね。特に侑ちゃんは、そんなことに悩むことなんて実は全くなく、これまで1期のなかでも2期のここまででも、アイドルじゃない”私にしかできないこと”があると信じて活動してきたと度々言ってきていましたよね。そんな侑ちゃんが、音楽科としてのコレを”自覚”して、一歩を踏み出すというのだけでも相当の破壊力があるんですよ。

さらに、メタ的にはなりますが、「私は、私しかいない」というセリフ。これだけで泣きじゃくってしまう。高咲侑、ご存じの通りいろいろな歴史のあるキャラクターで、虹ヶ咲の物語らしい物語といえば、元々「スクスタ」(何それ?)で展開されていて、ここで登場する同好会のマネージャー的キャラクターがユーザーの総体を担う「あなた」でした。これがテレビアニメ化に際して「高咲侑」としてデザインされ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の主要キャラクターとして据えられるようになりました。

確かにこれまで、「高咲侑」を僕たちユーザーの「あなた」に重ねてしまうことはありました。どこまでもファン目線でいる高咲侑が、紛れもなくファンでいる僕たち「あなた」と同じように感じる瞬間が多々ありました。でも今回、「高咲侑」は、「あなた」ではなく「高咲侑」という1人の”個”として誕生しました。これまでの僕の表現を使うならば、「音楽科 高咲侑」の誕生というわけですね。独立した1人のキャラとなったからこそ、「私は、私しかいない」のであり、"自分らしくある"ことができるようになったわけですね。

 

また、この「この世界に、私は私しかいない」というセリフ、中須かすみの 無敵級*ビリーバー

この世界中でたった1人だけの私を もっと好きになってあげたい

という歌詞、桜坂しずくの Solitude Rain

世界でひとりきりの私になる覚悟なら できているからその瞳に映して

という歌詞を想起させてきますね。無敵級*ビリーバーは、テレビアニメ挿入歌では無いので一概には言えませんが、これもまた、この歌詞を書いた時点での2人は、高咲侑から受け取った想いを載せていると考えられるので、世界で私は私だけ」というのは、高咲侑をはじめ同好会で活動している中で得られた考え方なのだと受け取ることができます。。一方の侑にとっては3話のこの時点でようやく、2人あるいは明示されていないだけで9人に伝えてきたものが自分のところへ返ってきたわけです。この侑ちゃんのセリフがずいぶんと立体的に見えてきたように感じます。

 

QU4RTZでのシナリオを含めて、「仲間」と接していくことで、「他人から見た自分」という視点が得られ、「私」という個人の解像度が大きく向上するということ、またこれによって他人を通じることで、「この世界に私は私1人しかいない」ということが強い確信に変わるということ。

これまで蒔かれた不安の種を、QU4RTZという単独のユニット回で終わらせるだけでなく、侑ちゃんと混ぜ合わせることで、音楽科についての問題も同じテーマとして同時に解決してしまうこの締め方は圧巻というほかありません。

 

正直もうこれだけでヤバいのに、「自分らしくあること」のアンサーが NEO SKY, NEO MAP! なのは本当に拍手喝采万々歳。アニガサキスタッフ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、一生ついていくぜ。

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何よりも、1期の時点で誰もが神曲と絶賛して止まなかった NEO SKY, NEO MAP! が、”高咲侑によって作曲された”という文脈が付与されたことによって、表情を大きく変えたのがヤヴァイ。この曲、1期のED曲だったので、歌詞のアレコレを各キャラクターに照らして関連性を想像していたのですが、振り返ってみれば、確かにあの歌詞が”高咲侑を謳っている”なんてことを考えたこと、僕はありませんでした。1期第13話、転科試験を受験する高咲侑がピアノを弾き始める瞬間にEDとなり、「これを侑ちゃんが弾いていたらいいなぁ」なんてことを考えたことはありましたが、ここまで明確に意味付けがされるとは全く思っていませんでした。そもそも、ラブライブ!シリーズでは、μ’sAqoursともに1期のOPに仕掛けがされることはありましたが、ED曲というのはただの”ED曲”止まりでした。その点においても、この NEO SKY, NEO MAP! にとても強い意味が込められているというのが伝わってきますよね。ましてや映像、これ2期PVの時のピアノを弾く侑ちゃんと同じですよね?もう~~~~、ずっと待ち望んでいたシーンが、これまでたくさんの思い出を積み重ねてきた NEO SKY, NEO MAP! という曲に使われていたという事実が、もう無理すぎる。ピアノver.ということで、特殊エンディングという形式で流れたこの楽曲ですが、もう最初の1,2秒ですぐに NEO SKY, NEO MAP! だと気づき、ボロボロ泣いていましたね。

改めて歌詞を読みこんでみると、どんどん高咲侑との関連が見えてきました。

きっかけは少し後から思い出し 全てがつながって

出会いって謎だらけ いつから決まってたんだ

雲が流れては消える 涙を乗せて流れ去って

新しい光届いた? 物語また始まって

知らない場所へ行こう ときめき大事に抱えてく ずっと!

だって自分が好きなことは 頑張れるよ

いつになるかまだわからないよね 願いが叶う明日待ってるの?

語りあえる君がいれば大丈夫 今日もありがとう

さぁ日々冒険のそれぞれの地図(マップ) 同じものはないね きっとないね

夢の色も違うけど 想いは一緒だよ 熱く、一緒だよ!

ここでは2番の歌詞を引用していますが、この2番の歌詞がグサグサ刺さるのがすごくないですか?1期のEDで流れたのは当然1番だけだったので、当時はこの1番の歌詞を各担当回でキャラクターと重ねて考えていましたが、1期の先にあった2期3話で2番の歌詞がずっと鮮やかな表情になったのがもう驚き。2期3話の特殊エンディングがもうとにかくヤバ過ぎて、「最終回」なんてことを言われていましたが、個人的にこれにはちょっとだけ同意します。というのも、「2期最終回」という意味ではなく、これこそ「1期の本当の最終回」なのかななんていう感じ方をしています。

夢を追いかけている人を応援出来たら、私も何かが始まる

1期から持ち続けている侑ちゃんの信念ですが、”何かが始まる”の明確なアンサーとしてこの NEO SKY, NEO MAP! なんですよね。前述のせつ菜と合わせて、1期で描かれてきたものの総決算としての”ED曲”なんですよ。また、テレビアニメ1期は、

届け!トキメキ――。

をキーワードに展開されていました。既存9人の同好会のメンバーには、トキメキが届けられ、それを踏まえてのテレビアニメ2期なのですが、この2期3話までの中で、ランジュ、栞子、ミアにもトキメキが届いている様子が描かれていましたね。この辺りも踏まえて、”1期のTRUE END”、そんなことを強く感じてしまいます。

 


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さぁこれからはそれぞれの地図(マップ)広げたら気軽に飛び出そう

夢見て憧れて また夢が見たいんだ 見たい、見たいんだ!

”音楽科の高咲侑”という唯一無二のキャラクター、我々ファンの映しでない”個”の高咲侑が誕生したことによって、高咲侑が満を持して、新しい地図(マップ)を広げられたこと。「夢を追いかけてる人を応援できたら、私も何かが始まる」の結果として、”高咲侑だけの地図(マップ)”に飛び込めたことに、とても感動しました。

 

大丈夫 どんな時でも ひとりじゃない みんながいる

信じてみて 大事なものは すぐそばにあるから

どこに向かうかまだわからないけど

面白そうな未来が待っていると

笑い合えるみんながいれば、私は…!

 

冒頭の歌詞引用ですが、今回は他の回にはなかったように、最後にも引用がついているという特殊エンディング。冒頭のSing & Smile!! これがQU4RTZのことだけでなく、高咲侑に向けたフレーズ「ひとりじゃない。みんながいる」だなんて、誰がわかんだよ。ってのだけでもヤバいのに、最後の NEO SKY, NEO MAP! の引用「笑い合えるみんながいれば、私は…!」が、Sing&Smile!!の返歌になっているなんて誰がわかんだよ。もう感無量、虹ヶ咲が好きで良かったと、涙が止まらない特殊エンディングでした。

 

 

youtu.be

13. まとめと「ハーモニー」

2話3話を通して、「調和」「ハーモニー」がキーワードになっていました。これがユニットコンセプトであったQU4RTZはもちろん、侑ちゃんもこれまでテキストで「ハーモニー」の勉強をしているシーンがありましたね。

 

「調和」とは、互いに迎合するということでも、ただ「仲良し」であるということでもありません。「調和」とは、やりたいことが違っても、時に感情がぶつかったとしても、「つり合い」を取って想いの一致する瞬間、その明確な着地点を共有することだと思います(Definition)。今回のQU4RTZのストーリーから、ここまで強い意味合いを汲み取ったわけではないのですが、改めて「調和」という言葉に向き合った時に、必ずしも100%プラスで構成されているわけでなく、「調和」の中にマイナスが混ざっていても良いよな、混ざっていて然るべきだよなと感じました。

「ハーモニー」という言葉にしてみても、「不協和音」は最悪ですが、「長和音」「短和音」とがありますよね。「短和音」なんかは分かりやすい例で、明らかに響き方にマイナスの印象を持つと思います。それでも「和音」、すなわち「ハーモニー」であり、「調和」なんですよね。

さらに音楽的な細かい話をすると、「和音」について平均律純正律という合わせ方があります。前者は1オクターブ12音の音の間隔を均等に分けたもので、隣り合う音の周波数差は100セントちょうどになるように調律され、ピアノで使用されるものです。後者は、吹奏楽やオーケストラで使用される音律で、こちらは和音の響き方を重視し、より美しくなるように音の間隔を少し変えるものです。

純正律は、和音の構成音が全て正確なピッチで奏でるよりも、音のどれかを少し高めに取ったり、低めに取ったりした方がより良い響き方になります。結果的にプラスの作用を期待するものではありますが、「それぞれの音」にとっては、本来あるべきピッチから"より良い響きのために"調整することはマイナスと捉えることもできます。これこそが「調和」、「ハーモニー」なんですよね。

 

話を戻します。

ランジュは「私には出来ないステージだった」と言いましたが、本当にそうでしょうか。

ランジュとQU4RTZ、ひいてはランジュと同好会は、先程の僕なりの「調和」の定義からすると、「スクールアイドルフェスティバル」というお互いに明確な着地点を共有することはできています。あとは「つり合い」を取るだけなわけですね。心情や方法論の違う両陣営が、互いのそれをすり合わせるように近づいて行く努力が求められるということです。

 

音楽科の課題で、求められるものに迎合しなかった高咲侑。「この世界に、私は私しかいない。」という名ゼリフとともに、軸をブレずに自分のやりたいことをやりたいように表現した高咲侑。前述の通り9人の同好会メンバーに均等な熱量を持って接してきたこと、そしておそらくこの先3人のメンバーを新しく迎え、同好会で"12人のメンバー"と物語を紡ぎ、音楽科として”ピアノ”を奏でる高咲侑と同好会、あるいは「仲間」の関係性は、"1オクターブ12音"を均等に並べるピアノ特有の平均律のハーモニーに該当し、QU4RTZとランジュに端を見た、ぶつかり合いながらも共に着地点を目指し混ざり合っていく、まさに「ライバル」の関係性は、純正律のハーモニーに該当するのではないでしょうか。

 

高咲侑が響かせたハーモニー、QU4RTZが響かせたハーモニー。両軸を据えたストーリーの展開ながら、互いにきっかけを与え合い共鳴し、響きが増幅していったこの第3話、あまりにも出来が良すぎだろ。

 

2話を受けての3話は、QU4RTZにボコボコにされる心づもりでいたのに、終わってみた今は、高咲侑のことしか考えられなくなってしまいました。

心の底から、過去一の最高傑作という印をこの第3話に押し、今回の記事を閉じたいと思います。

 

次回は第4話「アイ Love Triangle」DiverDiva回ですね。

ここまでありがとうございました!